どうやって西島大介は自分の漫画をマネタイズしたのか?仲俣暁生と電子書籍・出版を語る

どうやって西島大介は自分の漫画をマネタイズしたのか?仲俣暁生と電子書籍・出版を語る

2022年2月16日に東京・赤坂の選書専門店、双子のライオン堂主催で行われた「本と暮らしとコンピューター」トークイベントのレポートをお届けします。
西島大介の『電子と暮らし』、仲俣暁生さんの『失われた娯楽を求めて』の初コラボ企画で、漫画家のマネタイズや「資産運用」、電子書籍や出版ビジネスの変化などについてトークが繰り広げられました。

自分の本が書店からサーッと引いていくのが分かった

仲俣:西島さんと絡むのが久しぶりなので、楽しみにして来ました。僕はWebメディアや電子出版に関していろいろと見たり、考えたり、やってみたりしてきました。西島さんの『電子と暮らし』という本は表現者、経営者、そして資産家として、自分の資産を活用していかにサバイブしていくかという記録ですよね。

西島:そうですね。装丁は優しいピンク色で可愛い本ですけど、内容は相当なサバイバル感があります。

仲俣:「はじめに」が衝撃的で。「自称天才、自称漫画家」って……。

西島:多少演出で書いてますけど、もう自分は漫画家ではないかもと思っていたからです。『電子と暮らし』の文章を書き始めたのは2019年初めのころ。2018年に『月刊アクション』の連載『ディエンビエンフーTRUE END』が終わったんですけど、次の連載の依頼もないしこちらから持ちかけてもあんまり反応がよくない。自分の本が書店からサーッと引いていくのって、分かるんですよ。

仲俣:一人のプレイヤーとして、試合の場=連載の場がなくなっていく感覚は分かるかも。

西島:そうです。戦力外通告された野球選手が練習してるみたいな。もしくは、一軍の試合を居酒屋で見てる、みたいな。長い連載を終えて、そのあと1年間連載の依頼はなかったし、漫画読者から僕は見えない状態だったと思います。

『電子と暮らし』は一人の漫画家が小さな成功法に気がついていく本

西島大介と仲俣暁生
仲俣:これがフィクションなら面白く読めるけど、僕は西島さんとも交流があるし、2019年ごろは「一体どうしてるんだろう」って思ってました。

西島:あのときは『世界の終わりと魔法使い』の新作を1話ずつ自分で刷って、突発で売る試みをしていました。
文化庁の助成金で本を作ったのも、商業で企画が通らないのなら、公金で漫画を描いてやるっていう思いでした。やけくそって言ったらアレなんですけど、作品の質が変わらなければ間違ってはいないと思って。ビジネスにならなくても、自分で漫画を出すことはできる。
演劇やアートなどが助成金に頼って作られることは多い。漫画でもそれはできるわけです。

仲俣:2019年はあいちトリエンナーレの件があって、アートに公共のお金を使う意味について議論がホットに行われていた。シニカルな意味もこめて、文化庁の名前で何かを出すことは特殊な意味を持っていました。そうでなくとも、そもそも西島大介という漫画家は特殊じゃないですか?

西島:それは最近痛感しましたね。特殊じゃないと思っていたけど、あれ、なんか変だなって。僕、ビジネスを基本意識しないまま生きてきたから、むしろ今日まで続けられている気がします。そういうところ特殊ですね。

仲俣:西島さんが自分のプロパティの所有者・資産家として、電子出版に主体的に乗り出せたのは、たぶんもともと西島大介が特殊な表現者だったから。もっと売れてる漫画家ならやらないし、もっと売れていない活字の人もやらない(笑)。

西島:僕の作品がアニメ化やゲーム化まで進んでいたら権利的に難しかったでしょうけど、実際はそうじゃない。
雑誌が終わるとき連載をたたむというのはよくあるけど、僕は『IKKI』が終わっても『ディエンビエンフー』を描き続けていました。ベトナム戦争を描くにあたって必要なボリュームがある。それを出版の都合で畳むのはベトナムや歴史に失礼だと。
周りには、終わらせずダラダラ続けることは失敗だと思われていたけど、自分で電子書籍にしたらちゃんと売れた。そこで「あっ、間違ってなかったんだ」って。この本は、そこに気がつくまでのサバイバルの記録だし、ビジネス的な小さな成功の書でもある。読むとみなさん儲かるっていう(笑)。

仲俣:ある意味、情報商材的な(笑)。でも日本の出版・漫画のビジネスは今、一度大成功して何十年、あるいは百年も続いてきたものが大きく変化している時期。でも西島さんは一般の日本の漫画家の定義からは外れていて、純漫画というかグラフィックノベルの作家だと思うんです。だからこそ、この変化の時期に既存の漫画家とは違う方向性に行きやすかったのかもしれない。

 

イタリアの出版社からのメールで漫画家が持つ資産に気づく

仲俣:ところで、そもそもこの本は一通のEメールが来てなかったら……という話で始まりますよね。

西島:イタリアの小さな出版社Bao Publishingから「あなたの本を出したいけど、権利関係がよく分からない。けど、ぜひ出したいんだ」ってポジティブなメールが来たんです。『ディエンビエンフー』は小学館のIKKIコミックスで12巻まで出して、双葉社に移籍して1巻から6巻までを刊行、その後『TRUE END』が3冊出ている。イタリアの出版社は小学館ルートでも双葉社ルートでも作品の全貌を掴みきれず、考えあぐねて著者にメールが来たわけです。その中で僕が出したい7巻から10巻の権利をどこの出版社も持っていないことが分かって、それなら直接契約しようとなった。「どこにも権利がないということは、僕が権利を独占しているということ?」と気づいたんです。

仲俣:著作権の話題に比べて出版権はその重要性を作家の側が実感する機会が少ないですよね。

西島:双葉社さんは丁寧に復刊をしてしてくれたけど、既刊の全てを復刊することは無理だということで、第一部までの復刊プラス『TRUE END』という形になった。でもBao Publishingは、「あなたが出したい巻を出します」と言ってくれて、前払金もいただいて。調べてみると日本の本の取次の制度や、出版のあり方って世界基準からすると独自の仕組みなんです。出版しにくいとか、企画になりにくいとか、僕の企画が通らないのも、もしかしたら日本だけかもしれない。そこで初めて漫画家として法の世界に暮らしていることが分かりました。

仲俣:イタリアからの出版は紆余曲折あったみたいですけど、そのメールで西島さん自身が自分のプロパティとかライツを管理して、経営者あるいは資産家として運用していくスタートを切ることになった。実際、これは漫画家が自身の知財という資産をいかに運用するかという本ですよね。

西島:へたな資産運用の本よりは、ちゃんと書いてある。


原稿料なしでも漫画が出せない=出版のビジネスモデルが崩壊したから?


西島:作者がしたいことを実現できない理由は、基本的にビジネスの問題なんですよ。そこがクリアできれば、自由に作品が出せるんじゃないかって思っていて。だから、最近は原稿料なしで作品を描く発想に至っています。デビュー作からそうなんですけど。

仲俣:そこが面白いですよね。活字の本なら、連載でお金をもらいながら本を出してもらえる作家もいれば、書き下ろしだけで印税しかもらえない作家もいるのが普通だけど、漫画家で書き下ろしだけは珍しい。

西島:僕は大手の漫画誌以外で仕事をしてきたので、月刊連載で原稿料をもらえたのは『IKKI』(小学館)が最初なんですよ。漫画家の先輩がいたわけじゃないから、参考にするモデルもないし、ビジネスとして漫画を描くことに非常に不慣れだったんですよね。

仲俣:『電子と暮らし』には西島さんが「原稿料いらないから本を出してくれ」って企画を持って行ったのに、それでも出せないと言われたエピソードがありますね。でもそれって、作家としての西島さんが戦力外通告になったわけじゃない。本当はその逆で、日本の出版のビジネスモデルが西島さんの提示するその程度の条件ですら本を出せないくらい、機能しなくなった。日本の出版流通のモデルってだいたい100年前、関東大震災の頃にできているんですよ。今はその時期と同じくらい、出版のビジネスやメディアの大きな変わり目ではないかと。この本を読んで改めて予感しています。
実際、いま成功している出版社が何に活路を見出してるのかというと、ライツと電子なんですよ。西島さんも同じことに気づいて、最先端のことを個人的に同じレベルでやってる感じがするんです。


今の本のあり方を予見していた雑誌『本とコンピュータ』


西島:思い出してみれば、僕が仲俣さんと最初に仕事したのは『本とコンピュータ』ですよね。

仲俣:そう。大日本印刷がスポンサーとなって出ていた雑誌で、その最後の頃に、いまの出版が絶滅して、すべては地下出版でしか出せなくなったディストピア的な時代の絵を西島さんに描いてもらいました。

西島:それってまさに僕が自分自身でやっていることですね。

仲俣:『本とコンピュータ』は、8年間続けた実験的プロジェクトでした。1996年に創刊されて2005年に終わるんですけど、CD-ROMやケータイ小説が出てくるなど最初の電子出版ブームの盛り上がりから、アマゾンが日本上陸したり、電機メーカー主導の日本の電子書籍が盛り下がるあたりまでを見てきました。

西島:今より遥か前に『本とコンピュータ』が僕に電子書籍について教えてくれたんですよ。

仲俣:『本とコンピュータ』のプロジェクトが終わった後、2007年にAmazonの電子書籍Kindleが出て、2012年に日本でもサービスが始まりました。SpotifyもNetflixもKindleもまだない時代に、電子出版についての議論や理屈だけは一回終わってるんですね。もしかしたら、今の時代にちょうどいいんじゃないかなって思わされる雑誌です。

西島:16、7年前でしょう?  僕はこの時はあんまり気づいていなくて……。

仲俣:世の中全体がそうでした。この20年くらいずっと出版社は漫画をなんとか電子化したいと思ってきた。ただ漫画ファイルの容量って昔の通信環境だと重くて表示に時間がかかってしまった。 今やっとネット環境が整って、法律や権利の議論もいろいろあって、プラットフォームも沢山できてきた。その時期に西島さんは個人として出版と資産管理を始めたわけです。しかもあんまりよく分かっていない感じでやってるのがいい(笑)。

西島:あんまり大きなビジネスを描いてないんですよ。

仲俣:電子化や電子書籍を発行する作業は具体的にはどうやっているんですか?

西島:電子取次はいろいろ調べた結果、電書バトさんにお願いしています。漫画家である佐藤秀峰さんが運営されているだけあって作り手のやり方を尊重してくれるし、バックの額も大きくしてくれています。
電子化にあたって原稿のデータは印刷所から買わないといけなかったんですけど、理解ある方が多くて、権利的に問題なく自分の元に回収することができました。今までの僕の漫画原稿が全部アナログだったのはかえってラッキーだったんです。


電子書籍でサラリーマン1人分収入が増えた。無理せずマネタイズする参考に

仲俣:今の話や『電子と暮らし』って、いい意味で自己啓発的でもありますよね。

西島:ビジネス書のつもりで書いています。

仲俣:ビジネス書のオルタナ版ですね。作家が資産家として自覚を持って運用していくという。

西島:どこの出版社もいらないって言うんだったら、出版権を含む作品の権利は僕だけのもの。どれだけちっぽけでも、創作していたらそこに権利が発生すると気づいて。また、漫画はアニメやゲームに比べると著作権を独占できる稀有な職業です。生み出した瞬間は出版社にとって有効じゃなくて打ち切りになったとしても、有効活用できるタイミングがいつか来る。著作権って財産権だから、子供に受け継ぐこともできる。現時点でも小さい遺産を残すことができる。そう考えたら「今週買ってくれないと困る」ではなく、おだやかに創作活動や出版を見渡すことができるし、怒らなくなるんですよ。「僕、小さな資産家だから」って。謎の余裕。

仲俣:これまでの日本の漫画のビジネスモデルとは別の回路で、日本だと一番売りにくいアートと漫画の中間の作品が国際的に評価されているから、西島さんの『ディエンビエンフー』も、今後中国やベトナムで読まれたり、ドラマになったりする可能性がある。そう思うと大きな資産なわけです。この本には、そこに気づいていく日々の過程がすごく具体的に書いてある。だからどきどきするんですよね。

西島:事実しか書いていないですから。状況は毎日変わっていっていて、pixiv fanboxで連載している最新話は188話までいっています。リアルタイムに事実を綴っているので、かなり役に立つと思います。無理をせず小さなマネタイズをする参考になれば。

仲俣:個人的には、『電子と暮らし』を読んで「電子書籍がうまくいくと子供の大学の学費くらい軽く払えるぜ」っていうのが相当衝撃的でした。最初はもうちょっとしんどい話かと思ったら、かなりポジティブな話で。

西島:家計的に、サラリーマンがひとり増えた感じにはなっているんですよ。水道料金も食費もかからないサラリーマンが僕たち家族を支えるっていう。ちなみに電子化するにあたっては印税率などをしっかり調べるのが大事です。
僕は自分が労働者だと思ったことがなかったんですけど、最近やっと労働によって世が成り立っていることや、自分が一次生産者なんだという自覚を持つようになりました。大人になりましたね。

仲俣:電子出版に限らず、アーティストが自分たちでセルフマネジメントしようとする流れはこれまでもありました。でも多くは大掛かりで、失敗するととんでもないことになっていた。ネットやプラットフォームの環境とかも含めて、今は始めるのにちょうどいい時期なんじゃないかと思いますね。西島さんのやり方だとローリスクでそこそこのリターンがあって、それならできそうと思う人が出てくるんじゃないですか。

西島:そう読んでもらえると嬉しいです。

仲俣:これを読んで、選択肢がこれだけあるのが分かる。

西島:まぁ僕よりも先に、仲俣さんの『本とコンピュータ』とか、著作隣接権の時に戦っていた作家さんとか、先行者の方がいたので。みなさんが戦ってならしてくてた土地に僕が三輪車でやって来た、みたいな感じですけどね(笑)。

仲俣:漫画も音楽も、西島さんの作品を個々で知っている人は多いと思います。『電子と暮らし』を読めば全体に通じる西島さんの思想が分かるので、ぜひ読んでください!

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西島大介
(Daisuke Nishijima)

マンガ家・イラストレーター・現代美術作家。1974年、東京生まれ。2004年『凹村戦争』でデビュー。作品にベトナム戦争を描いた大長編『ディエンビエンフー』や、ファンタジー長編『世界の終わりの魔法使い』など。詳しいプロフィールはプロフィールページをご覧ください。当ブログは西島大介および西島大介.com運営担当により更新されています。